備前をたずねて vol.2 『 轆轤を廻す手 』
備前をたずねて vol.2 『 轆轤を廻す手 』
淵にかかったひび割れやみずもに映る光、堆積する粘土。絵画のマチエールのようだ。
工房で備前の土は丁寧に扱われていた。
未使用の粘土は長さ1メートルほどの棒状で、男性の大人が両手に包めるくらいの円筒形。
乾燥を防ぐ黒いビニールでしっかりと覆われ、奇麗に積み重ねられ出番を待っていた。
粘土は乾いて固まっていても窯で焼く前のものであれば、水に戻せば何度でも再生可能。
作業の途中そぎ落とされたものや、作家が作品と認めなかったものなど、
細かく砕かれ水桶に晒すことで、振り出しの粘土に戻るのだ。
使い込んだ水桶の中を覗くと何世代にも渡って継承されてきた物作りの姿勢を感じた。
隣の作業場で一本の黒いビニール包みを持ち上げ、
記念にろくろを廻してみたらと勧められた。
意表を突いたお話に家族で浮き足立ったが、息子が迷わず前に出た。
先ずは先生にお手本を見せてもらうこととなった。
ビニールをゆっくり開くと黒く艶のある粘土が出てきた。
両端にリングがついたワイヤーのようなものを親指でピンと張り、
寝かせた粘土の上部から真下に向かって静かに下ろすと輪切りになり2つに割れた。
そのひと塊りを掴んだ。手のヒラが計りのようになっているようだった。
ろくろの上にそっと置き、椅子に腰を下ろした。
半身回転して桶の水で念入りに手を湿らせ、
向き直り、両手を肩幅に広げ、肘を膝のあたりに固定して準備が整った。
ろくろが廻りはじめると、手の動きがとても艶かしく、
機械式回転スピードに乗った粘土、彼の手だけが何か別の生き物のように見えてきた。
獲物を捕らえる、まさぐる、プワッと広がり、きゅっとすぼめる。
2つの手が動く度、マジックのように次々と形が現れては消えていった。
よく見ると、それは花器のような形になっていたり、
お茶碗になっていたり具体的な焼き物の形になっていたのだが、
グニョグニョと変わる粘土と手が自らの意思で動き、
戦っているような、じゃれているような、
秘密の儀式を間近で見る、僅か数分の七変幻だった。
備前焼き作家 武用崇さんの轆轤を廻す工房。左の窓中央下、壁に粘土を切るリングのついたワイヤー
次回、『工房で生まれたもの。』へつづく
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